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『トンマッコルへようこそ』

(監督・パク・クァンヒョン、出演:シン・ハギュン、チョン・ジョエン、カン・ヘジョン)

 『トンマッコルへようこそ』を見ながら、「この映画、北の人たちは見る機会があるんだろうか?」とふと考えました。だって、どう見てもこれは「南から北へのラブコール」だからです。そうである以上、南からの声が北に届かないと話にならない。
現に、「南から北へのラブコール映画」というと、『シュリ』、『JSA』、『二重スパイ』、『ブラザーフッド』とすぐに指折り数えることができます。こういう映画を作り手たちが「北の人」は自分たちの作る映画を絶対に見ることができないと予想して製作しているとは考えられません。
ビデオデッキやDVDプレイヤーは北にだってあるし、TV電波だって北に届いている。ですから、いくら非合法とされていても、北には現に何万人か何十万人か熱心な韓国映画ウォッチャーがいると私は思います。もちろん、党中央や情報局や軍部では、韓国の状況をリサーチしている部門の「北の人」たちが、仕事としてこういう映画を全部チェックしている。「南北もの」を撮っている韓国のフィルムメーカーたちは、もしかするとそういう「北の人」をも観客に想定して映画を作っているんじゃないかしら、とふと私には思えたのです。
『トンマッコル』は今も臨戦状態にある同胞が、かつて南北に別れて殺し合いを演じていた時代を描いた作品です。そこに出てくる「北の人」をある種の人間的魅力とか尊厳を備えた人物として描くというのは、「南の人」にとってはかなり心理的には困難なことでしょう。でも、人民軍のリ・スファ中隊長(チョン・ジョエン)も、下士官のヨンヒ(イム・ハリョン)も、新兵のテッキ(リュ・ドックァン)も、いずれも深みのある人情味豊かな人物として造型されています。その一方で、南の連合軍は(韓国軍人もアメリカ軍兵士も)物語的にはトンマッコルを滅ぼす「敵役」を配役されている。そして、最終的には南北統一朝鮮が力を合わせて、壮絶な銃撃戦でアメリカを撃退することになります(トンマッコル仲間のアメリカ人スミス大尉も「君はここにいる人間ではない」と最後の戦いの場からは排除されます。アメリカと戦うのは純粋コリアン連合でなければならないからです)。
これは朝鮮労働党の幹部が見たって、ちょっと目頭が熱くなるエンディングでしょう。
そうか、『シュリ』以下一連の映画はこれすべて南北朝鮮統一の心理的地ならしのための映画なんだ、ということがすとんと腑に落ちました。
韓国軍の戦時統制権はいまもアメリカが握っています。それは「北と戦うときはアメリカが南の指揮を執る」ということです。この古典的なスキームを覆すに「南と北が連合してアメリカと戦う」というまったく新しい話型を以てしたことが、おそらく韓国内で800万人を動員して年間最大のヒットを記録した理由なのでしょう。
『トトロ』みたいに牧歌的なお話のつもりで見られてももちろん結構なんですけれど、朝鮮半島でこれからはじまる政治的激震の序曲である可能性も否めないと思って見ると、興味倍増の『トンマッコル』です。

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2006年12月31日 19:28に投稿されたエントリーのページです。

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