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カンヌ審査員長タランティーノさまの趣味

『オールドボーイ』(パク・チャヌク監督、チェ・ミンシク、ユ・ジテ、カン・ヘジョン)
 ☆☆☆☆

カンヌグランプリ受賞作。パルムドールに『華氏911』、グランプリに『オールドボーイ』を選んだということから、タランティーノの審査基準がどのようなものであるか、何となく分かったような気がした。
それは画面の中で何か起こりつつあるかを一望俯瞰する「神の視点」に立つことを観客に決して許さないということである。
『華氏911』で、WTCビルに航空機が衝突する場面は、音声だけで画面は空白のままだ。私たちには悲鳴と轟音しか聴き取れない。そのような音声情報がどれほど集積されても、私たちそこで何が起きているのかを「知る」ことはできない。ただ、その「把持不能な圧倒的リアリティ」の一部に触れるだけである。
逆に、ジョージ・W・ブッシュがSPにテロの報告を受ける場面では、小学校の教室で七分間にわたって呆然と絵本を見つめる大統領の映像(それは「小学生の視点から見た世界のわずかな断片」にすぎない)から、世界がどれほど危険な政治家にその未来を託しているのかを身にしみて思い知らされることになる。
ここから私たちが知るのは、映画が観客への情報提供を自制すると、その分だけ観客は映画に深くコミットせざるを得ないという事実である。

『オールドボーイ』もこれに通じる「節度による衝撃」という戦略によって貫かれている。
観客は主人公の男(チェ・ミンシク)の身に何か起こったのか、何が起こりつつあるのかを彼と同じだけしか知らされない。にやけた男(ユ・ジテ)の異様な余裕も、美少女(カン・ヘジョン)から寄せられる法外な好意も、私たちにはその意味がわからない。そして、意味がわかったとき、私たちはもう身をよじっても、主人公が味わう絶望の一部分を共感することを免れられない。

映画は見るものではなく、生きるものだ。今年のカンヌでタランティーノはたぶんそう宣言したのである。

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2004年12月10日 21:15に投稿されたエントリーのページです。

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